大判例

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大阪高等裁判所 昭和59年(ラ)63号 決定 1984年4月09日

抗告人

田尻長次

右代理人弁護士

細見茂

斉藤浩

橋本二三夫

南野雄二

河村武信

大川真郎

三上孝孜

蒲田豊彦

芝原明夫

山口健一

斉藤真行

被抗告人

ダイハツ工業株式会社

右代表者代表取締役

江口友鉱

抗告人は、大阪地方裁判所が同庁昭和五八年(ヨ)第五二五五号金員支払仮処分申請事件につき昭和五九年一月二八日になした申請却下決定に対し抗告をしたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

原決定を次のとおり変更する。

被抗告人は抗告人に対し、四三万四三八〇円を仮に支払え。

抗告人のその余の申請を却下する。

申請費用及び抗告費用は被抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取消す。被抗告人は抗告人に対し、四三万四三八〇円を仮に支払え。被抗告人は抗告人に対し、七万一二〇円及び昭和五九年一月から毎月二〇日限り八一八〇円の割合による金員を仮に支払え。抗告費用は被抗告人の負担とする」との裁判を求めるというのであり、その理由は、別紙記載のとおりである。

そこで考えてみるに、一件記録によると、

(1)  抗告人は、昭和四〇年四月に被抗告人に入社し、昭和四三年四月一日から被抗告人伊丹工場において鋳物工として稼働し、昭和五二年一月一日からは被抗告人総務部総務課に仮配属されていたところ、同年二月八日に被抗告人から諭旨解雇されたこと

(2)  抗告人は、右解雇は無効であると主張して、抗告人が被抗告人の従業員たる地位を有することを仮に定め、かつ、その賃金を仮に支払うべき旨の仮処分命令の申請をしたところ、その申請が認容されて、同旨の仮処分決定がなされたこと

(3)  そして、抗告人は、被抗告人の従業員たる地位にあることが仮に定められたことにより、その後、右仮処分命令所定の賃金のほかに、被抗告人から受領すべき賃金が生ずるに伴い、その都度、当該賃金を仮に支払うべき旨の仮処分命令を申請してきたところ、その申請の全部又は一部が必ず認容されて、昭和五三年四月頃に一二万三六一八円、同年一二月一一日に一二七万三三三〇円、昭和五四年八月三一日に二六万五三〇〇円、昭和五五年一月一四日に二六万七〇〇円、同年九月三日に三六万六七〇〇円と同年同月以降毎月三万五七六〇円宛、同年一二月一六日に三六万五二五〇円、昭和五六年七月三一日に三六万二〇〇円の各金員をそれぞれ仮に支払うべき旨の仮処分決定がなされて、抗告人において当該各金員の支払を受けたこと

(4)  そして、昭和五六年一一月三〇日に、抗告人と被抗告人との間の解雇無効確認等請求事件につき、「右解雇は無効であることを確認する。被抗告人は抗告人に対し一〇六一万八三〇円と昭和五六年九月以降毎月二五日限り一六万七二九〇円の支払をすべき」旨の第一審判決の言渡があったが、右判決に対しては被抗告人において控訴の申立をなし、現に審理中であること

(5)  その後も、抗告人は、右判決で認容されたもののほかに、被抗告人から受領すべき賃金が生じたときは、その都度、その金員を仮に支払うべき旨の仮処分命令の申請をしてきたが、その申請の全部又は一部は必ず認容されて、昭和五六年一二月二五日に四一万九一〇〇円、昭和五七年八月一九日に四一万五六〇〇円と三万六三〇〇円並びに昭和五七年八月以降毎月一万五〇〇円宛、同年一二月二七日に四二万九四六五円、昭和五八年七月二二日に四一万四三〇〇円の各金員をそれぞれ仮に支払うべき旨の仮処分決定がなされ、抗告人において当該各金員の支払を受けたこと

(6)  ところで、抗告人が被抗告人の従業員として被抗告人から支払を受けるべき金員として、昭和五八年一二月九日に支払われるべき昭和五八年度冬期一時金が四三万六六〇〇円、同年三月以降毎月支払われるべき定期昇給分が月額二四〇〇円、同年五月以降毎月支払われるべき特別昇給分が月額五七八〇円と各定まったので、抗告人は、従前の例に従い、右一時金の範囲内の四三万四三八〇円と昭和五八年三月から同年一二月までの右定期昇給分と特別昇給分の合計額の範囲内の七万一二〇円並びに昭和五九年一月以降毎月二〇日限り支払われるべき右両昇給分合計月額八一八〇円の支払を被抗告人から抗告人に対して仮になすべき旨の本件仮処分命令の申請をしたところ、原裁判所は、当該仮処分の被保全権利についての疎明はあるけれども、現在、抗告人は、判決と仮処分決定とにより、被抗告人から毎月一七万七七九〇円の支払を受けており、教員として稼働中の抗告人の妻の収入を合算すれば、抗告人夫婦の月収は約三六万七七九〇円となるから、その必要性の点について疎明に欠けるとして、異例の申請却下の原決定をしたこと

(7)  抗告人は、現在、判決と仮処分決定とにより、被抗告人から毎月一七万七七九〇円を受領し得ることになっているが、それから控除される金員がある関係上、その手取り額は月額約一四万五〇〇〇円にすぎず、教員である抗告人の妻の収入を合算しても、抗告人の家庭の実収入は、月額三四万五〇〇〇円許りであるところ、その支出額は、前記訴訟の維持費用として必要な月額約一〇万円を合して、月額約四五万円になるのであり、その差額は、半年毎に被抗告人から受領し来った一時金等を以て補填してきた状態であるほか、抗告人においては、長期間にわたる右訴訟を維持するために生じた借用金債務も約一〇〇万円許り負担していて、その弁済期も既に到来していること

(8)  被抗告人は、資本金一九四億円、従業員数一万有余名の各種自動車の製造販売を営むことを主たる業務とする大規模な会社であり、最近の年間利益金も六〇有余億円、その男子従業員の平均給与月額は二七万余円であること

をそれぞれ一応認めることができる。

ところで、右の疎明された事実関係からすれば、本件仮処分の被保全権利については疎明があるというべく、その必要性の点についても、すべてにつき疎明がないとはいえないというべきである。蓋し、現在の社会的・経済的事情下においては、個人の生活費は、単に衣食住に関する費用のほかに、生活上必要ないし有益な各種の費用を含むのであり、抗告人が現在まで既に六年も要している前記訴訟を維持するために支弁している月額約一〇万円の金員も、抗告人の生活を維持し続け得るための基盤を支持するための必要費用であって、抗告人としては、現在のところ、その支出を廃せられるものではないというべく、もともと、労働者の賃金額なるものが、その当時における当該労働者の必要生活費をさほど上廻ることなく定められる性質のものであることを考えるならば、被抗告人の従業員たる地位にあることを第一審判決によって認められた抗告人としては、被抗告人に対し支払を求め得べき金員に関する限り、その仮払の必要性がないとは一概にいい難く、それは、教員である抗告人の妻に収入があっても、同人の賃金額もまた、同人の生活費をさほど上廻るものではないと考えられることに照らし、別に変る点はないといわなければならないからである。そして、本件の事情からすれば、少なくとも、前記の冬期一時金については、仮払の必要性があるといい得るが、昇給分については、現在のところ、その必要性がないというべきである。

そうすると、本件仮処分命令申請においては、その被保全権利と冬期一時金の仮払の必要性とは疎明されたというべく、その申請は右の限度において認容さるべく、その余は失当として却下されなければならない。よって、本件申請をすべて却下した原決定を右趣旨に従って変更することとし、申請費用及び抗告費用は被抗告人の負担とした上、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小林定人 裁判官 坂上弘 裁判官 小林茂雄)

別紙

一、原決定は、一時金仮払の必要性について判断を誤っており、取消しを免れない。

原審は、抗告人の申請した昭和五八年度冬期一時金仮払につき、その請求権があることを認めながら仮処分の必要性がないとして申請を却下した。その理由は要旨抗告人の妻が私立高校教師として収入があり、夫婦の毎月の収入は約三六万七七九〇円であって共稼ぎによる家計費増を考慮に入れても、夫婦の生活を維持したうえ両親への送金も可能であり、一〇〇万円近い借金も疎明されず新たな借入は無利息で早急に返済の必要もうかがえないので一時金請求を認容する必要性がないというのである。

しかしながら右は、最近の一部の判例にあらわれている仮払仮処分の必要性の判断を必要以上に厳格に捉えようとする傾向を事案の実情をみずに無定見に採入れたものである。本件における却下決定が、抗告人の七年に及ぶ不当解雇を取消させ、復職を求める闘いに与える影響及び抗告人ならびにその妻の生活を全く無視したものであって極めて不当である。

(一) 第一に原審は抗告人の収入を毎月金一七万七七九〇円と認定し、妻の収入とあわせて毎月金三六万七七九〇円の収入があるという。しかしながら抗告人に対し会社から支払われるのは、右金額から税金、各種社会保険料を控除した後の毎月金一四万五〇〇〇円前後であって、原審は事実を誤認している。

(二) 第二に原審は抗告人の収入と妻の収入を単純に合算し、生活費が共稼ぎからくるところの家計費増を考えても生活を維持したうえに両親への送金も可能であるとする。

しかしながら、抗告人の妻は、私立高校の理科の教師であって、専門知識ならびに教育技術の要求される職業に就いており、教材費、研修費、各種研究会参加費用等に多額の出費を余儀なくされるほか、教師間の交際も他の教師(夫が解雇されている教師は他にいない)と遜色のない程度に行わなければ同僚や上司との間で円満な学校生活も送れない状況になる。原審は、夫婦の収入を単純に合算した額のすべてを衣食住という最低限度の生活費に充てることができるかの如き誤った理解をし、あわせて抗告人の妻にも、夫が裁判をしているがゆえに、きわめて厳しい生活を耐え忍び、教師としての研鑽や同僚間のつきあいも慎しめ、といわんばかりの口吻である。抗告人は必ずしも夫婦別産を主張するものではないが、原審の会社から当然もらえるものまで削って耐えよという姿勢は許すことができない。

(三) 原審の右のような態度は利子のつかない借金は返す必要がないといわんばかりの説示にも顕著である。

抗告人は労働運動を闘っている仲間から当面のどうしても必要な出費を一時金によって返済する予定のもとにやむなく借入を行っているのである。どんなに親しい間柄においても借金はその信頼関係の破壊を導くことは中世の昔からの格言である。それが約束の時に返せないこと、それによる抗告人への信頼の破壊は今後における借入の道を閉ざすものとして看過ごしえないところでもある。

(四) 抗告人は昭和五二年二月、伊丹工場閉鎖に伴う五〇〇人の従業員全員の配転の中で、抗告人だけ配転先を決めずにいやがらせをつづけた会社の仕打ちに対する不安から配転先についての何らかの資料が入っていないかと考えて会社の不要書類の箱を持ち出したことをとらえられて解雇された。会社は抗告人の気持を歪曲し、右箱の中味は会社の機密書類であり抗告人は会社の機密を漏らそうとしたとの故事つけを行って解雇したのである。

この会社の抗告人を狙い打ちにした理不尽な解雇に対し、抗告人はこの巨大なダイハツを相手に解雇を取消させ、復職させる闘いをもつことを決意し、あらゆる犠牲を払って、七年に及ぶ法廷内外の闘いをつくってきたものである。当時二七才の抗告人の青春を復職のためにかけてきたのである。

一九四億円の資本金の大企業を相手にひとりの労働者の復職を求める運動には多くの困難がある。解雇されているというきわめて不安定な生活実感を日々なめさせられながら、自己の正当性を訴え、仲間の理解と励ましを得ることによってかろうじて自己の行動の正義に確信を与え、くじけそうになる気持を押えて闘いをつづけてきたのである。

自らことの本質を突きつめる学習を行うとともに、多くの人に事態を訴え、支持の輪を拡げることによってはじめて抗告人の解雇撤回、復職への闘いをつづけることができるのであって、ただ家でじっとしていたり、アルバイトで働くといったことでは正義を求める闘いは神ならぬひとりの弱い人間にはできるわけもないのである。

抗告人はこの闘いに毎月約一〇万円の運動費をつかってビラを出し、ニュースを発行し、訴えに労働組合をまわるのである。また、ダイハツやそれを支配するトヨタ自動車に対し争議解決要請を重ねて行動している。

抗告人の右の行動は、相手方が不当な解雇を撤回するまで不可避なものとして展開され、それに必要な経費の支出を余儀なくされる。この生活の実情に即して仮処分の必要性が判断されるべきことはいうまでもあるまい。あるいは相手方は仮処分は「運動」や「闘争」の保護を目的としたものではないから、それに費やされる費用は除外して必要性を判断すべきであると主張し、それに沿う例外的な裁判例もなくはないが明らかに誤謬である。蓋し解雇撤回闘争を広汎に取組むことは抗告人にとって生活と権利を擁護する上で必要不可欠な行動であり、それこそが理論的にも実践的にも抗告人の権利を回復する最も確実な保障であるとの確信に支えられた行動であって、他の生活費を切りつめてでもこの費用は捻出されなければならないという性質をもつ。また、「生活」と「解雇撤回闘争」を切り離して「生活」の費用は必要性の基礎となるが「解雇撤回闘争」の費用は必要性の基礎とならないとみるならば「解雇撤回闘争」を抑圧することになりひいては抗告人の確信する権利回復の手段、方法を制約することになることは見易いところである。まさに相手方はこのことを期待している。しかし本件仮処分の決定される時点における必要性の判断に際しては、現に抗告人が熱心に解雇撤回を求め、あるいは保全された従業員たる地位、第一審終局判決により確認された従業員たる地位に相応した処遇(就労)を求めて活動している抗告人の生活実態に即して判断されるべきものである。抗告人にとって解雇撤回闘争が不能ないし困難となることは「著しき損害」を蒙ることに他ならない。少なくとも認容される被保全権利(一時金請求権)の範囲を限度に現に解雇撤回闘争の諸活動をも、日常生活の重要な一部分と位置づけて生活している抗告人の生活を維持するに必要なものとして仮払いの必要性を肯定されるべきである。現に、大阪地方裁判所保全部の実務の趨勢は、賃金仮払に際しては必要性の判断が加わるので必ずしもいわゆる得べかりし利益としての賃金と同一視しえないとしても、特段の事情のない限り、賃金だけが唯一の生計維持源であることがあきらかになればその得ていた賃金が仮に支払われるべき額とみてさしつかえないとの考えのもとに広義の賃金たる一時金についてもその全額について仮払いが命じられている。とくに本件についてみるに、昭和五三年以来、実に一一回にも亘る夏冬の一時金につきその全額の支払いが命じられてきたのである。注目されるべきは本件についての第一審の本案判決により賃金の支払に関して仮執行宣言がされる以前にあっても全額の支払いが命じられていた点である。第一審の本案判決があり金員支払について仮執行宣言のあった後において従前のそれに反して支払いを拒む合理的理由は見当たらないであろう。原決定が事案の実情をみず、無定見のそしりを免れないと主張する所以である。

(五) 原審は、解雇され仮処分を求める者に対し、食うだけの生活しかみてやる必要はないと考えているようである。

相手方は、乙一号証において「当社従業員の生活費」なるものを記述している。「生活費」とは、食費、住居、光熱費、被服費、雑費がすべてであると考えているようである。教養費、学費、交際費、嗜好品費や娯楽費は生活費ではないと考えているのである。原審はこの会社の考え方に引きずられ、はしなくも抗告人をして食べて住んで寝るだけの存在に余んじよというのである。その不当性は明らかであろう。文化的要求、教養の涵養、健康増進のスポーツ活動など、生身の人間の生活上の要求は、その人の生活水準におうじて随時充足させられてこそ生活を営んでいるというにふさわしい。その人の確保していた一定の水準の生活が違法、不当な解雇によって奪われ、仮処分決定によりその地位が保全された筈であるのに精神的苦痛はさておくとしても食べて、住んで、寝るだけの生存に要する金員しか保障されず、経済的に一定の水準の生活を維持するに要する金員について必要性がないと判断されるとすれば、その人は、日々に経過し回帰性のない、生身の人間の諸々の要求を相応に充足させる一定の水準の生活を営む上で著しい回復不能の損害を蒙ってしまうと言わなければなるまい。

特に強調されるべきは、相手方は抗告人が相手方の従業員たる地位が保全され、あるいは本案訴訟において地位が確認されているにかかわらず、抗告人を就労させないでおいて賃金たる一時金の支払をしないという点である。抗告人に就労請求権があるか否かについては、さておくとして、少なくとも本件地位保全の仮処分命令は相手方に対し抗告人を従業員として取り扱うこと、即ち地位の確認に止まらず就労させることも含めて任意の履行を期待してそれを命じている。従ってもし相手方が「働いてもいないのに一時金を払うことはない」と主張し、原審がそのことの故をもって必要性の判断を左右したとするならば、それは問題の根本を見誤っていると言わざるをえない。「仮の地位」に基づく就労は可能であるのに相手方がこれを拒み、抗告人に重大な苦痛を加えながらなお拒んだ上に得べかりし利益をも与えず苦痛を増悪させているのは他ならぬ相手方であるからである。

(六) 本件についての必要性の認定に関し、当事者双方の利害ないし法益の権衡を考慮するならば本件仮処分申請は認容されて然るべきであった。民訴法第七六〇条にいう「損害」の意義について、当事者の利益の権衡により、相対的に決すべきものと解される。本件について相手方の企業規模からみて抗告人に対する一時金の支払をしたことによって損害を受けるとしても、抗告人が一時金の支払を受けえないことによって受ける損害と比較すれば相手方の受けるそれは毫毛にも価しないのに抗告人の蒙る損害は自らの権利擁護の活動が抑圧され、その生活が蚕食され将に回復不能な損害を受けるのであってこれが保全を要することは明らかである。

(七) 以上にのべたように、原審は当然支払う義務ある金員を支払わない。通常なら刑罰でもって支払を強制される(労基法二四条、一一九条の二)―相手方を保護するという結果を惹起してしまった。

速やかに原決定の取消を求める所以である。

二、本件についての保全の必要性のとらえ方

最近一部の判例や裁判官の論文の中に、労働事件の仮払仮処分の必要性の認定を厳格にすべきであるとの議論がある。右の議論はいずれも民訴法七六〇条の「著しき損害を避けるため」を引き、その実質的理由として<1>権利の存否が未確定であること、<2>本案判決において勝訴しても原状回復が困難であること、をあげる。

しかしながら、労働仮処分にこそ仮処分の本案化の現象が典型的にみられ、通常訴訟における本案審理と同じかもしくはそれ以上の立証が双方からなされ、裁判所が慎重に権利の存否について判断を行っていることは公知の事実である。ましてや本件は、本体たる地位保全が慎重な審理の末認められ、更に本訴において仮執行宣言付判決によって賃金の支払が認められ、地位が確認されている事件である。現在控訴審において、抗告人が付帯控訴した差別賃金(損害金)請求部分につき審理がなされているのである。本件一時金請求金額は相手方も地位があれば支払うべき一時金額としては争いがないところである。その意味で、本件一時金は、仮処分における疎明、本訴一審における証明を経た請求権であって、被保全権利についての強固な法的確信のあるものであって、前記の一部論文を根拠にしても、必要性の認定につき厳格である必要は全く存しないものである。控訴審でも覆えされるはずのない事件であることは前記の通りであるが、なお覆る可能性を慮ることは、仮執行宣言の制度に対して、これを否定してかかることを意味する。蓋し前記仮執行宣言は本案訴訟手続によって確認された権利が上訴によって覆る蓋然性の少ないこと、即時の執行が勝訴者に特に必要と判断されたことを意味しているからである。

本件のような地位が保全され本訴においても地位の確認されている事件についての一時金の如き派生的仮処分についてはとりわけ必要性の認定はゆるやかに判断されるのが当然である。いわば仮執行宣言によって支払が実現された日時以降の支分債権についての「仮執行宣言の先取り」という性格をもつからである。

三、本件一時金の支払の必要性

抗告人の夫婦の毎月の生活費の概要は別紙(略)の通り毎月約一〇万円の復職運動をすすめるための運動費を含め毎月約四五、六万円にのぼっている。共働きであるがゆえに、また毎日解雇の不当と復職を求める運動(会社は敗訴したからというだけで復職を認めることはない)、訴訟の打合、及び準備のために遅い帰宅とならざるを得ない故に昼、夕食の外食費をはじめ家計費まで増加せざるを得ないのである。これはひとえに会社が不当な解雇を行ったがゆえに支出を余儀なくされているのである。

一時金は、毎月の不足分を補い、夫婦の老親への仕送りに、そして、四人の弁護団への弁護士費用その他にも充てるべき金員でもある。

自ら不当な解雇を行い、裁判所の解雇無効判決により地位の確認されている抗告人に対し、支払うべき一時金を支払わずにおきながら、その撤回を求める運動費をもって支払拒否の理由にすることなど全くもって許されるべきことではない。会社がたった四〇万余円の支払をしないのはまさに抗告人のこの運動をやめさせたいからである。

原審決定は取消を免れない。速かに一時金全額の仮払が命ぜられるべきである。

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